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2016年2月16日

2016年2月16日 (火)

松戸 不動産 建築 家 パート52

【ビラまきの鬼(゚⊿゚)】

不動産部のK.W.グチルさんにしても、賃貸部のくぼんぬさんにしても
建築部の犬っころ君にしても高齢者住宅開発部のO君にしても
皆さんブログ内で私に触れて下さっていて突っ込みどころも多く
どこから回収すれば良いのか分からず、戸惑っている、
ビラまきの鬼こと不動産部のYAMAです(-ε-)


社内だけならまだしも、お客様にまで少しずつ認知され始めるとは
恐るべしK.W.グチルさん。
この愛称いかがなものか(ノ_-。)、、、

本日は流鉄流山線が開業百周年を迎えるそうなので
流鉄線について少しお話いたします。

流鉄流山線は千葉県松戸市の馬橋駅と同県流山市の流山駅を結ぶ、
駅数6駅、全長5.7キロのローカル線になります。

以前から流山はみりんで栄える町で、大正元年に商工人達が
発起人になりまして鉄道建設をめざし、多くの町民達が賛同しました。
そして翌年、流山軽便鉄道株式会社が設立し、
当時の株主の殆どが流山町民だったことが
現在、市民(町民)鉄道といわれるゆえんです。
そして大正5年(1916)流鉄線は走り始めました。

当時は馬橋駅、大谷口駅(現在は廃止)、鰭ヶ崎駅、流山駅の4駅でした。
第一次世界大戦時の特需や江戸川改修工事、
そして関東大震災の影響で人や物資の移動が活発化し、
乗客数と貨物輸送量が増加の一途をたどっていったそうです。

イトーヨーカドー流山店付近には食料や軍馬の餌を保管する
陸軍の施設が建設され、物資輸送拡大のために流鉄は
路線幅を拡張し常磐線との貨物直通運転を開始します。
昭和4年には流山駅からキッコーマン流山工場に引き込み線も
つくられて、流鉄線は貨物輸送の役割を担う最重要の存在に
なりました。

第二次世界大戦、終戦から10数年を経ると沿線の宅地開発が
進むにつれ乗客数が急増する一方、道路の整備も進んだ為に
トラック輸送が増えて流鉄線の貨物輸送量は減少していき、
昭和43年に始まった国鉄武蔵野線の建設が昭和47年に
終了すると貨物輸送量は激減し、昭和52年には貨物輸送が
廃止となります。

翌年からは市民からの愛称を募りまして、
『流星』、『若葉』、『なの花』などの愛称付き車両が誕生し、
現在でも市民に親しみのある存在なのです。


何を隠そうYAMAもこの流鉄線沿線に住んでいますので
人知れず、気晴らしに乗車しています。

春には松戸市の市街地を流れる新坂川の桜並木を眺めることが
出来まして、秋にはススキ、またこの時期には菜の花など
沿線沿いでは四季折々の花が楽しめます。


また沿線には新撰組で有名な近藤勇の陣屋跡、
一茶双樹記念館、神社仏閣等の観光名所がたくさん
あります。馬橋駅から流山駅まで一駅ごとに
下車してみて沿線ぶらり旅というのも面白いと思いますよ。

最近では廃止などと不穏な話も耳にしますが
昨今ではアニメの舞台に登場しコラボをしたり、
ちょこちょこと様々なイベントを企画して頑張っています!
また、今年の3月12日には流山駅及びその周辺で
流鉄開業100周年記念際が行われるそうです。

是非、興味のある方は参加してみてくださいヽ(´▽`)/


私も愛称を付けられるなら流鉄線みたいな
さわやかな愛称を付けてもらいたかった
不動産部、ビラまきの鬼(゚⊿゚)でしたー。笑

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